2013年06月18日

hiroちゃんお空に還る



hiroちゃんがお空に還りました。 

還るって言葉がピッタリ。

だって普通の人じゃないもん。 還ったら特別席が用意されてるに違いない天使だったんでしょう?

最後の入院では「知らせると絶対駆けつけてくれるし、チビくんがお留守番になると可哀想だから知らせませんでした」だって・・

だからーーー!人ん家の犬の留守番まで心配せんでいいからっ!(怒)

でも・・ そうゆう子だったよね・・

久しぶりに更新するこの記事、実はもう何度も何度もいじくりまわしています。(爆)

出会いから振り返って色々思い出して、笑ったり泣いたり、一人でナイトカオ劇場をやってたってわけ。

でもまず、ここからだな。 

hiroちゃんの卒業を知って涙を流しているであろうフレンズに伝えなくちゃいけないと思う事。

在宅介護に入ったとの知らせを受けて、会いに行って来ました。
大事な大事な時間を過ごしている時に時間を割いてもらって良いのかなと不安もあったけれど、「楽しみにしてる」と言ってくれたhiroちゃん。
あの素敵な時間の流れるhiroちゃんの大好きなリビングに呼んでくれてありがとう!

大好きなパパさん、ミーちゃん、ノブちん、空君のいる大好きなリビングで穏やかに笑っていたhiroちゃんが、大好きなご家族にどんなにか、どんなにか大事に見守られていたか、hiroちゃんの卒業に涙を流しているフレンズに伝えなければ!って強く思いました。
だって私と同じように絶対安心すると思うから。

行きの電車の中では「泣かないぞ、泣くもんか」と緊張しながらだったけど、帰りの電車の中では「hiroちゃんにhiroちゃんファミリーがいてくれて良かった良かった」って胸がとってもあたたかくなって帰ったんだ。

パパさんは在宅診療に変えた事でhiroちゃんは不安だったと思うって書いていたけれど、私の見たhiroちゃんの表情からは少しのネガティブもなく、安心して、満ち足りた顔に見えました。 自宅で看取るという大きな決断をされたパパさんは本当に立派。 
その瞬間を愛する家族全員に揃って見送られ、これ以上ないという旅立ちだったはずだと自信を持ってフレンズに伝えられます。

最後にhiroちゃんにかけてもらった言葉。 結局別れ際泣いてしまった私に「大丈夫!大丈夫!」と。
ああ、情けない私。 そしてやっぱりスゴイhiroちゃん。

貴女は最高だよ。




hiroちゃんと初めて会ったのは、私が初めてオフ会幹事をした中目黒お花見オフだったね。

あなたが頑張るから (その時の記事)

中目黒の駅で待ち合わせして、すぐに自己紹介も兼ねて駅近くの喫茶店でお茶してさ。 
hiroちゃんは私の向かいの席に座ったんだよ。
メガネが似合って、ニコニコしていて、小さなわんこみたいなかわいい子だなって思った(笑)

「あれはまつげがないのを隠すための伊達メガネだったんだよー」って後で知ったけど、本当に似合ってたよ。


カチューシャ王子と王女

hiroちゃんに会いに

スマイルウォーク便乗オフ参加御礼

乳がんフレンズ忘年会2007 in Tokyo


横浜のホテルでランチブッフェも食べたよね! あの時も本当によくしゃべった! 自分のブログの記事を振り返ってhiroちゃんと会えた時の事、会話や表情を思い出そうとすると・・ 全部、全部、笑顔ばかり!

「トマトのパスタと野菜のピクルスと鶏のハーブ焼きが食べたい」

わたしが自宅オフで出す定番メニューの事。
会いに行った時も言ってたし、最後にパパさんに託してくれたメールにも書いてあったし、どんだけ食べたかったんだ!と笑ってしまったとパパさんに言ったらパパさんがまた「食べたいってずっと言ってましたよ」と。 そしてまた笑っちゃった。

これからイタリアンを作る時はhiroちゃんのために作るから、たまには食べにおいでよね。


hiroちゃん、だーいすき!
posted by ナイトカオ at 16:42| 東京 ☀| Comment(441) | TrackBack(0) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月27日

ばななちゃんにバイバイ

ばななちゃんにバイバイしてきた

昨日お通夜でバイバイしてきた

またね!と手を大きく振って

ばななちゃんにバイバイしてきた

突然の知らせになかなか実感がわかなかったけど

フレンズの涙を見て

やっと夢じゃないことがわかった

彼女からの長〜〜〜〜〜いメールが

もう届かなくなることがわかった

いつものフレンズメンバーで黒い服を着てみんなでお別れに行くなんて

はじめてのことだった

涙がたくさん出たけれど

どうして泣いているのか自分でもわからない涙だった

早口な彼女の口は閉じたままだったけれど

羽をつけた姿でわたしたちの間を行き来しながら

ペラペラとしゃべりかけているような気がした

「ベラベラベラベラベラベラベラベラ」

「あ!もお! ばななちゃん! 早くて何にもわかんないよ!」

「あ、やっぱり? よく言われるんだわ。ククククク」

いつもの会話を思い出して少し笑う



ばななちゃんとはじめて会ったのは2007年夏の花火

(その時の記事 → http://knightkao.seesaa.net/article/49616850.html?1317077180

会ったこともないわたしに突然メールをくれて誘ってくれて

一緒にわーわー花火を観た出会いの日

ウツに襲われて出不精になっていたわたしに打ち上げ花火を見せてくれた




ありがとうありがとうありがとう(今早口で言いました)


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posted by ナイトカオ at 07:44| 東京 ☁| Comment(4194) | TrackBack(0) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月18日

幼馴染の七回忌

昨日は幼馴染の七回忌だったんだ。 もう6年も経つんだな〜。

幼馴染のふーは、40年の人生のうち半分をイタリアで過ごした。 
32で卵巣がんになり、イタリアで手術。
38で再発・転移、日本で手術。
40で旅立った。

情報はすべて自分だけで調べ、病院も自分で選び、治療法も医師と相談して自分だけで決めたと親族の方がおっしゃっておられた。


初発の時も、再発して帰国した時も、知らせてくれたけれど、まじめにその話をしようとしてもおちゃらけて相手にしてくれなかった。

ちゃんと治療しているの?ちゃんと検査しているの?

目を三角にしてしまいには怒りながら話すワシをからかいながらはぐらかすだけ・・

病気になるという経験をする前のワシは果たして本当の意味で彼女の心の中に届く声で話ができていただろうか・・?

自分だってそうだった。

乳がんになってしばらくは、乳がんになったことある人こっち側、なったことない人あっち側って実際分けてたもん。きっちりと。
やっと最近だもん、そうゆう区分けをしなくても人と知り合えるようになったのは・・

怒ってばかりいたワシには入院していることを告げずに、おバカなメールを送ってきたあいつ。

いきなり病院名をメールしてきた。  あわてて病院にかけつけると「こんなんなっちゃったんだで(訳:こんな風になってしまったのよ)」と言ってフフフと笑った。

ワシはなんでもないふりをして、なんでもないように言葉を交わし、淋しそうに見送るあいつとエレベーターの前で別れてからフェーンフェーンと声を出しながら駅まで歩いたんだ。

今のワシなら話を聞いてもらえたんじゃなかろうか・・ どうしてもそう考えてしまう。

隣に座らせてもらえたんじゃなかろうかって悔いてしまう。

順番が違うよ。  ワシを先にしてくれたらよかったのに。

線の向こう側じゃなくて、こっち側に一緒に並べたのに・・

6年も経ったのに、まだまだフェーンフェーンなのである・・・



お寺でお経をあげてくれたのは、小さい頃、ふーとワシがからかって遊んでいたその家の男の子。 ワシなどまだ名前にちゃん付けで呼んでしまう。 彼もどんな風に思っただろう・・  

今回は泣かないぞ!と決めていたんだけれど、前に座っていた大人になってからのお友達がスンスンと鼻をすする音に誘われて、いなかっぺ大将の大ちゃんの涙がポローンと落ちてしまった。

でも、むにゃむにゃむにゃ〜というお経を聞いていたら、ふーがナンジャソリャと言ってケラケラ笑ってるところが思い浮かんで笑いそうになった。

法要のあとのお清めの席でスピーチを頼まれていたワシ・・

泣いてしまってしゃべれなくなったらどうしよう・・・ 何を話そうか悩んでいたのだけれど・・ その時思った・・


そうだ! お笑いにしよう!


これもあれもと湧き出てくる、ふーとのおもしろ話を次々と話した。 

みんな大笑いしてくれた。

子供の頃、いつもお互いの家のお墓を行ったり来たりして遊んだこと(笑)
突然イタリアから帰国してワシの家にあがりこんでワシの分の夕飯を食べていたこと。(怒)
いつもふざけて強烈な方言で話していたこと
などなど・・

帰りがけに何人かが話しかけて来てくれた。

「お話、すごくおもしろかった。」と

あいつに褒められたみたいでとても嬉しかった。


たくさんの人が、色んな場所から集まって、ふーを偲んだ。

ワシの七回忌はどんなことになっちゃうのか、考えるとショボーンとなる。  やっぱりあいつはすごい女だった。

ワシの次にスピーチをしたおじさんが途中で「すみません。泣いてしまってもう話せなくなってしまいました」と言って席に座った。

あいつはおじさんまで泣かせた、わりー奴だ、。

みんなが泣いていた。

あいつがいないことを悲しんでいた。



あいつの遺言を繰り返そう。

「わたしは好きなものを食べ、好きなところに行き、自分の人生を満足するように生きた。 残される者たちはこの先自分の分も笑って生きて行って欲しい。 ほら「笑って!」「笑って!」」


posted by ナイトカオ at 14:28| 東京 ☀| Comment(627) | TrackBack(0) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

ちょぴんのちょはChopinのCho

去年の夏に旅立ったちょぴんちゃんのブログ「崖っぷちから見る景色」

実はちょぴんちゃんの最愛の旦那様(ちょぴパパ)が引き継いで記事をアップしてくれている事を知っとるけ?  知っとる人は知っている、でも知らない人は知らないだろう(当たり前だろ)。 なのでチョッとご紹介☆

一番最初の記事は今年の2月15日、バレンタインデーの翌日(だからどうした)

はばたいた空から見る景色

このタイトルを見た時、思わず昨年のピンクリボンスマイルウォークの時に見た素晴らしい青空を思い出したよ。
見ている!きっと見ててくれている! そう感じながらぼんやり空を眺めていたあの日(おかげで打ち上げの会場まで地下道走ったような・・)

旅立ちからもう1年以上経っちゃったんだなぁ・・ 1年もの間、ワシがしてきたことって何だろうな? 何もないわけはないけれど、形のないものを言葉に表すのは大変だ。

でもちょぴパパは違った。


ピアノはじめました

・・・夢は大きい方がいいですものね


大きな目標を立て、ひたすらにそのための努力を重ねて来た。 いよっ 男っ! (茶化すな)


・・・となぜここで記事を紹介させてもらったかと言うと、「崖っぷち・・」の過去の記事ってさかのぼって読むのにちょっと苦労するかしらん?と思ったので・・

ちなみに以前の記事を見るには左上のカレンダーからさかのぼると読むことが出来ます♪



「ちょぴん」というハンドルネーム・・ 実はショパン(chopin)を読み替えてつけたんだそうだ。
そしてショパンはちょぴパパとの出会いのきっかけとなったいわゆる愛のキューピット♪

ピアノが大好きだったちょぴんちゃんのために、ちょぴんちゃん愛用のグランドピアノで、ちょぴんちゃんの大好きだった曲を猛練習して来たちょぴパパ! 

昨日はその成果を披露する「発表会」があったのだっ!

フレンズ代表として聴きに行ってきたぜっ!

少し早めに待ち合わせをして、本人の新住所にも尋ねてまいりました。 


2009101805.gif


潮の香りが漂う海の傍の素敵なその場所はちょぴんちゃんの笑顔のように爽やかな場所でした。 

「これがちょぴんちゃんが見ている空」

そう思ってシャッターを押したけれど、考えてみればそこにじっとしているはずないけどね☆

「華」

という文字が彫られた、本当に素敵な場所でした! しかもお父さんと一緒! (飲みすぎんなよ)


モジモジと不思議な通信でしばしお話をさせてもらった後、いざ発表会へ!右斜め上


2009101801.gif


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曲名は「スケルツォ第二番OP31」 

二番? じゃあ一番とか三番とかあんの?  その程度の人間なワシだけど(笑) 聴いてみたらよーく知っている曲だった。 

おおおおお〜、これだったのかぁ〜 ちょぴんちゃんの好きだった曲って!

肝心のちょぴパパの演奏は・・・・?!


とっても力強く、思いの全てが込められた心を動かされる演奏でした☆  ちょぴパパの1年が全て凝縮されたような、ちょぴん夫婦の心の会話が聞こえるような音でした。

ピアノはじめました宣言の時には確か初心者だったはずなのに・・  すごいよぉー  1年という時間をただひとつの目標に費やしてそれを実現させちゃうんだもん。

きっとちょぴんちゃん大喜びで拍手してたよ。



帰りの電車の中では色んな思いがこみ上げて来て・・ その思いを言葉に表そうと頭の中を探していた。
探しても探しても、見つからない。 

ただ一つの言葉を残して・・

「ありがとう」

それ以外にこの気持ちに似ている言葉はないんだ。


「渡そうか渡すまいか迷っていたんだけれど・・・」と、ちょぴパパが渡してくれたワシ宛の手紙

「帰ってからじっくり読む」と言ってしまいこんだけれど、結局、自宅近くの駅を降りて、自宅に向かって歩いている途中で開けてしまった。





「ありがとう」

の文字を見て、さっきから自分の頭の中で埋め尽くされていた「ありがとう」が団体で踊りだした。

それはこっちのセリフだい!


玄関を開けたワシは大きな声で「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう・・」と言って家中を歩き回った。  チビキが新しい遊びかと思って吠え付いて来た。

そうだよ、新しい遊びだよ。

「これはありがとうを言い合う遊びだよ」

いっぱい言ったほうが勝ちなんだ。   ぜってー、負けないから。






PS ちょぴパパ、ありがとう☆ 
posted by ナイトカオ at 15:26| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月14日

訃報

「カオちゃ〜ん、ダメダメ! ダメじゃん、そんなんじゃ〜!!」

ワシよりうんと年下の彼女に、ワシはいつもそんな風に叱られてばかりだった。

いつか叱り返してあげたかったけど、今世ではそのチャンスが見つけられなかった。

いつでも他への愛情に溢れ、苦難に臆することもなく、決して妬まず、まっすぐ前を向いて、その口元には絶えず笑みがこぼれていた。 

ワシの大好きな乳がんフレンド・・・ 「崖っぷちから見る景色」のちょぴんちゃんが8月13日午前4時15分に旅立ちました。 

「ちょぴんのことを気にかけてくださる方々にお知らせください」との旦那さまの許可をいただいて、こちらに記事を書いています。 


今この瞬間にも口からボロボロと溢れ出てしまうかのような沢山の彼女への思いが交錯しています。
なかなか言葉にするのは難しい・・


そこで考えました。

いつものオフ会の連絡用BBSのように、期間限定でBBSを立て、そこでちょぴんちゃんへのメッセージを綴り合おうと・・・

http://0bbs.jp/tabidachi/


こちらの記事のコメントは閉じておきます。 ちょぴんちゃんと親交のあったフレンズ、読み逃げフレンズ(わ、悪くないからね!  ワシだっていつも読み逃げだしぃ)、是非お見送りのメッセージをこちらに・・・

ただただ、今は混乱というか、ごっちゃごちゃになった頭でこの記事を書いています。

いつもなら時間かけちゃう記事だけど、でも早くお知らせしたい!

だからこのままアップします。      えいっ!


 


posted by ナイトカオ at 23:03| 東京 ☁ | TrackBack(0) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

絵門さん、私の幼馴染によろしく

 
絵門ゆう子さんの存在は、幼馴染に教えてもらった。
 
それは私が乳がんになる1年半前。 そしてそこは聖路加の病室の中だった。
 
ベットに横たわる幼馴染はあまりにも痩せてしまった身体に、まるで似つかわしくない
 
勝気な瞳を輝かせてこう言った。
 
「絵門さんって知ってる? 私と同じように最初西洋医学への不信感から自然療法ばかり
 
試してて、結局転移しちゃったんだけど、聖路加でいいお医者さんとめぐり合えて治療を
 
はじめてからは仕事もしてるし、普通に生活しているんだって。 私も聖路加に転院できて
 
良かった。 彼女は私の目標なんだ。」 
 
絵門さんを知る人のプログなどを読ませていただくと、「人騒がせ」「自己中心的」などの
 
描写が多々見られるが、私の幼馴染も全くその通りの人だった。
 
その「人騒がせ」な「自己中」な彼女が癌を受け入れて、癌に挑み、立ち向かえたのは
 
「絵門ゆう子」さんの発信された様々なメッセージのおかげだったんじゃないかなぁと
 
思う。   諦めない心を奮い立たせることが出来たのは、同じく諦めないで戦う絵門
 
さんの姿だったんじゃないかと・・
 
 
私の愛すべき「人騒がせちゃん」はそれから間もなく旅立ってしまったけれど、絵門さん
 
のくるくるよく変わるかわいらしい表情をテレビで拝見する度に彼女の事を思っていた。
 
 
二人共、天に昇ってしまった。
 
 
絵門さん、他のたくさんのアナタのファンの先頭に、目立ちたがり屋な私の幼馴染が
 
並んでいるはずですから、一緒にお茶でも飲んであげてください。 アイスクリームが
 
好きな子でした。 
 
 
私はまだまだ当分会えないはずだから。
 
 
 
 
 
posted by ナイトカオ at 20:16| 東京 ☔| Comment(713) | TrackBack(0) | お別れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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